女性に非情な日本的経営 3
一生この会社に雇われているという前提があるからこそ、会社の運命は自分の運命と感じ、会社が必要とする技術を身につけることに従業員一人ひとりが熱心になります。
生産技術や工程の工夫改良をこらすのです。
技術革新のはげしい現代では、熟練を誇っている技術もどんどん時代後れになり、陳腐化していくのは避けられません。
その時に熱心に新技術の吸収にはげむか、それとも自分のそれまでの技術に執着するかで、その従業員の生産性は左右されます。
日本人が器用で、新しい技術への適応力があるということもあるでしょうが、日本は企業内でこの転換が比較的スムーズに進んでいます。
それに対してイギリスなどは、職能別の組合が強力で、新技術への転換が容易にすすまないのです。
イギリスの機関車がすべて電気機関車に変ったあとも、まだ罐焚き要員が乗り組んでいたという笑い話があります。
機械や技術がスクラップになっていくように、人間が生きたままスクラップになっていくのです。
日本ではこういう状況はまず起りません。
「親方日の丸」といわれる公共企業体や国や地方の公務員などは別として、一般の会社では利益をあげなければ、会社そのものがなりたっていかないことは、労働者、組合といえども承知しています。
こういう共通の基盤があるからこそ、苛酷とさえいえるような合理化や技術革新が日本の企業で可能だったのです。
減量経営で去る人も、「会社のため」に去ると、労使いずれからも感謝されます。