トラウマの影響 3

たとえば、感情的なまでにある想念パターンに執着していると、生命場のなかでその想念パターンが固着しはじめ、肩がさがる、片脚が短くなる、まぶたがピクピクするなど、からだの反応の原因になります。


それが一定期間つづくと、それらのパターンが慢性的になり、からだのかたちが永久的にそこで固定してしまいます。


バー博士の助手だったラヴィッツ博士の実験のひとつに、被験者に催眠をかけて、ある簡単な観念を植えつけるというものがあります。


ラヴィッツ博士はその実験で、植えつけられた観念がその人の生命場の電位を劇的に変えるということを発見しました。


催眠をかけなくても、想念やイメージを思い浮かべるといった、特定のこころの状態にある人は、それだけで生命場の電位が変わることがわかりました。


・・・いってみれば、思考や想念はそのまま物理的な結果につながるものです。


だから、自分がなにを考えているか、その考えにもとついてどう行動するかに、いつも注意している必要があるのです。


たとえば、かなり前のことですが、若い母親が5歳の男の子をつれて、わたしのところにやってきました。


医師にもわからない奇妙な症状に悩んでいるといいます。

トラウマの影響 2

呼吸が楽になればなるほど、トラウマによる影響も少なくなるということがいえるのです。


浅くて不規則な呼吸はまた、作業効率の低下や、ときには、子どもの発達遅滞という結果をもたらします。


呼吸が浅く、吸った息が横隔膜の下部までとどかないと、血液のなかの毒素が吐く息に運ばれず、脳に重大な障害をきたしてしまいます。


脳のはたらきは新鮮な血液がじゅうぶんに供給されるかどうかにかかっているからです。


深くて規則正しい呼吸法を身につけエクササイズを実行すること・・・


なによりも、それを楽しくおこなっていただきたいのです。


みんなが呼吸を合わせれば、思考においても存在においても、わたしたちはひとつになれるのです。


生命場はエネルギーの流れの、つまりは光と力の進路の織物であり、その人の精神的/霊的な境地によっては色あざやかに輝くものです。


・・・そればかりか、思考のパターンを変えたり、感情がかき乱されたりするたびに、生命場もいっしょに変化します。

トラウマの影響

多くの人にとって、誕生は最初の大きなトラウマになります。


胎児のからだは産道をとおるために小さく圧縮されていますが、楽に出産したときは、赤ん坊も最初の呼吸がしっかりとできて、からだがすぐに大きくひろがってきます。


・・・不幸なことに、現代の多くの出産ではそのプロセスが正常に作動せず、からだがじゅうぶんにひろがらないので、赤ん坊にアンバランスやゆがみの素因をもたせることになります。


出産以外でも、物理的・心理的なトラウマによって呼吸のプロセスが阻害されていることがあります。


強いトラウマのショックで、わたしたちの多くが呼吸を途中で急にとめ、そのままリズムが固定してしまっているのです。


そのことが、ほかのどの要因にもまして、さまざまな症状の原因になっていると、わたしは信じています。


呼吸が妨害されると、生命力をもつとも多く必要とするときにかぎって、それが弱ってしまうのです。


そのトラウマは異常行動のパターンを生みだします。


それはからだにじょじょに拡散していって、どこかにとどまり、好ましくない影響をおよぼすのです。

対応は実験である 3

それが前方に過ぎたのなら今度はもう少し後ろへと、だんだんとその範囲を狭めていって、最後に命中、とやるんだそうです。


この、「撃つ」を「実験」に替えると、今ここに記していることにぴったりです。


思わぬ状況に遭遇しても、状況の変化が起こっても、自らが発想したべースを持った人びとは、いつでも軌道修正して、眼前の状況に対応することができるのです。


このことも毎月の組革研で、明々白々に証明されています。


問題に直面したときの方法は、R型が対応側の人間の意識やありかたに着目し、その人間を責めることを特徴としているのに対して、H型では、その事がら、対象側、対応のしかたに着目し、それを攻めていくことになります。


対応のしかたを攻めるとは、その進めかたやシステムの問題として捉えていくということです。


つまりそこには、問題はあっても、それを起こした人間はいないのです。


アイシン精機工機工場のFYKやIPLは、この典型的な活動でした。


だからこそ失敗も隠されることなく、みんなの前で堂々と発表されて、それをみんなの"共有財産"にしていくことができたのでした。


これだけで、どれほど職場が明るくなることか・・・。

対応は実験である 2

たとえ唯一無ニと思える対応であっても、対象の的の場合と同様に、それはどこまでも、仮説なのです。


正解は神のみぞ知るのです。


我われの発見や発想の成否は、対応がなされた結果によって、はじめて明らかになることです。


その結果によっては、対応のしかたの研究どころか、対象の研究に戻ることを迫られるということもしばしば起きるのです。


まさに、ミサイル型ではなく、試行錯誤の"高射砲型"のプロセスであると言わねばなりません。


ミサイルは一発必中です。


高射砲はその逆なのだそうです。


敵機が飛来してきます。


それが射程距離に入ると、あまり考えあぐねていたのでは行ってしまうので、ともかく一応の狙いを定めて、一発撃ってみます。


その爆発位置によって、狙いの確度がわかります。

対応は実験である

取り組むべき対象を掴んだ後に、研究的にそれに対応していくことになります。


これが、状況の事実から発想の第3段階です。


研究的に対応していくということは、実験的に対応していくということです。


もう少し大胆に言えば、「対応は実験である」ということになります。


病気の治療も実験だと言っては語弊が出ようが、医者は、これをたえずやっています。


診断がくだされて薬が渡されますが、多くの場合、3、4日から1週間分です。


薬がなくなって再び訪れると、最初に発せられる言葉は例外なく、「(薬を飲んでみて)いかがですか?」です。


つまり、その結果に基づいて、治療つまり、対応を研究しているのです。


診断つまり、病気という対象をも振り返って研究している場合も少なくないのです。


しかも、そのプロセスはすべて、カルテに克明に残されていきます。

主客のかかわりの中で

対象を捉える対象は、対応とのかかわりにおいて厳然とその姿を現すのであって、対象だけを、静的あるいは事務的にいくら調べてみても、本当には掴めません。


したがって我われは、起きた問題の全体の状況の中から、はじめて対象を知ることができるのです。


しかも、仕事における対象を捉えるとなると、もう一つ複雑なかかわり合いが生じてきます。


スポーツやゲームは、対応側と対象側という2つの要素で単純に成り立っているので、その対象を捉えることは容易です。


・・・ところが仕事となると、2つの対象のかかわりそのものが、対応すべき対象になるからです。


対応側としては、この対象側のポイントを発見して、その的に対応していくことになります。


そして最終的に、対象のA群を満足させえたときに、はじめて仕事をやったことになるわけです。

廃棄物はどこに捨てるか 3

産業廃棄物は工場から出されるゴミです。


中には非常に有害なものもあります。


このような廃棄物は慎重に処理され、通常は内陸部の地中に埋められます。


しかし産業廃棄物のなかには木材とかコンクリートの破片といったいろいろの無機質材料があります。


これらは埋め立てに使われる可能性があります。


いらない家具は家具 買取で処分するしかありません。


生ゴミも非常に多いのです。


生ゴミの処理には今のところ2つの方法があります。


一つはゴミ焼却場で焼いて灰にし、その灰を埋め立てに使うという方法です。


しかしゴミ焼却炉だけでは焼却できないほど、東京は大量のゴミを吐き出しています。


生ゴミそのもので東京湾の真中に島をつくらざるをえません。


生ゴミ処理用の埋立地が東京湾の中央防波堤の外側に用意されています。


しかしそれも大部分埋め立てられ、埋立地の地表面が盛り上がってきています。


その結果、東京湾のなかに山が出現してきているようにみえます。


いずれどこかに新しい埋め立ての場所を探さなくてはなりません。

廃棄物はどこに捨てるか 2

現在いろいろな方法で、関東地方全体のなかで処理しています。


一つは水田を埋め立てるのに使います。


地盤を上げて住宅地をつくるためです。


もう一つは谷に土を入れて、急斜面を平らにして、そこを公園にしたり、あるいは工場用地に使ったりするのです。


したがって関東地方の内陸部で、地形状況が低くて凹地になっている谷地は、これらの建設残土やその他の産業廃棄物の恰好の捨て場です。


しかしそれにはおのずから限度があります。


かなりの量は東京湾に捨てなければなりません。


今のところは幸いなことに羽田空港の拡張工事があって、そこでしばらくの間建設残土は埋立土砂として利用されてきました。


しかし羽田の埋め立てが全部終ってしまうと、建設残土をどこへ持っていけばよいかという問題が残ります。


・・・もちろん、ゴミの問題もあります。


東京都市圏の2000万人の人々が毎日を順調に生活するためには、ゴミが確実に処理されなければなりません。


ゴミといっても、生ゴミもあるし、不燃性のゴミ、粗大ゴミそして産業廃棄物もあります。


これらは不用品 買取に出さなくてはなりません。

廃棄物はどこに捨てるか

江戸時代に利根川の流れを切り変えて、銚子の方に河口が移りました。


それで利根川が運ぶ大量の土砂は、東京湾に流れ込まなくなりました。


それでも荒川は埼玉県の奥にその源をもっていますから、埼玉県の土砂を少しずつ運んでくるし、多摩川は奥多摩の土砂を少しずつ東京湾に流し込んでいます。


これらの土砂によって船路が常に埋まってゆき、そのまま放置すれば船の底が海底にぶつかることになります。


このため航路の湊洪が必要になります。


凌深土砂は何らかの形で埋立地の材料にされます。


一方、東京が東京湾に面している限り、建設残土を湾内に持ち込まざるをえないという問題があります。


たとえば都内で古いビルを新しいビルに建て替えようとすれば、古ビルを基礎まで壊さなければなりません。


土も少しは掘らなければなりません。


壊したコンクリートのガラクタや掘り出した土砂はどこかに捨てなければなりません。


しかしいらない土砂で野菜 種などをつぶしては困るので、場所を考えなくてはなりません。


もちろんこれらの建設残土を東京湾内で全部処理することはありません。